けいけん豊富な毎日

イソノルーブル物語 part1  担【temporalis】

競馬の語り部temporalisさんから新しい原稿が届きました。
今回取り上げられたのは・・・イソノルーブル
明日のオークスについて思案しつつ、過去のオークスに思いをはせる・・・
そんな感じで楽しんで頂けると幸いです。

91年・・・ラブ・ストーリーは突然に、どんなときも、SAY YES、といった
邦楽が街中に流れ、ターミネーター2やホームアローンといった映画が公開。
まだバブルが続いており、何やら日本が浮かれていた頃ですね。
大学生だった私は気が狂ったように麻雀に打ち込んで、完全に世間と隔絶されたような
生活を送っていた時期です(^^;

自分の部屋でいつものように麻雀を打っている最中に
競馬好きの友達が「トウカイテイオーが勝ったんだよ~」と泣きながら
駆けこんできたのが・・・93年の有馬記念。
そのトウカイテイオーが牡馬クラシックで無敗の2冠を達成したのが91年ですから
まだ競馬に関しては友人から聞きかじる程度・・・「競馬ってそんな楽しいんだ?」
くらいの感覚だったと思います。

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【抽選馬からクラシックへ・・・】

1991年春、この年の牝馬クラシック戦線は史上最高と言っていい盛り上がりを見せました。
とにかく牡馬顔負けの力を持った牝馬が何頭もいて、彼女達が集結したレースの行方を
想像しただけで胸がときめいたことが思い出されます。
そんな女傑達の中に私が激しく入れ込んだ馬がいました。
その馬の名はイソノルーブル、今回はオテンバ娘ルーブルのシンデレラストーリーです。

私が彼女のレースを初めて観たのはラジオたんぱ杯3歳牝馬S(G3・芝1600M)でした。
格付けこそG3ですが、現代で言えば阪神ジュベナイルフィリーズ(G1)
に相当する3歳(現2歳)牝馬チャンピオン決定戦と言ってもいいレースです。

1番人気はミルフォードスルー。
函館3歳S(G3)の勝ち馬で、このレースでは後に朝日杯3歳S(G1)をレコード勝ちする
牡馬の大将格リンドシェーバーを破っています。
他にも札幌3歳S(G3)の覇者スカーレットブーケ、小倉3歳S(G3)を勝ったテイエムリズム等、
牡馬を蹴散らした強豪が揃いました。
果たしてどの馬が勝つのか興味津々の私、いよいよレースがスタートです。
1200Mの小倉3歳Sを逃げ切っているテイエムリズムが先頭に立ち、さすがに
この馬が速いかと思っていたら外から楽に交わしていく馬がいました。

イソノルーブルという初めて聞く名のその馬は颯爽と先頭に立つと、
「私についてきなさい!」とばかりに馬群を引っぱります。
その逃げ脚は4コーナーを回っても全く鈍ることなく、1番人気のミルフォードスルーも
3番手で追いかけますが差を詰められるどころかどんどん突き放していくではありませんか!
最後は後方で力を溜めたスカーレットブーケが懸命に追い込むもイソノルーブルは
その3馬身半前で悠々とゴール板を駆け抜けていました。

(強い、強いぞこの馬は!)

前年にアイネスフウジンの逃げ脚に魅せられ、すっかり逃げ馬贔屓になっていた私は
一発でこの馬の虜になってしまったのでした。

しかしながら、このレースでのルーブルは単勝8番人気と2戦2勝で迎えた馬にしては
戦前の評価が低過ぎました。
デビュー戦などは芝1000Mを58秒4と当時の3歳レコードをマーク、2戦目はダート1400Mを
後続に3馬身半差をつけて楽々と逃げ切って見せたのに何故?
その理由は彼女が《抽選馬》でその2戦共が抽選馬限定戦だったからに他なりません。

抽選馬とは今で言うJRA育成馬に当たるもので、セリによって売却される現代とは違い、
当時は馬産地とのパイプを持たない小馬主のためにJRAが競り落とした馬を育成して
抽選で決められた順番に割り当てるという制度でした。
そういった事情なので当然価格に制限があり、良血とは言えない抽選馬達に対する
《所詮抽選馬》という見方がルーブルの評価を下げていたのです。

実際ルーブルはこれまで重賞出走馬さえ一頭も出した事の無い繁殖牝馬5頭ばかりの小さな
能登牧場に生まれ、父ラシアンルーブルも大した競争実績もない種牡馬であったため、
落札価格は馬体検査合格馬としては最低設定の500万円と厳しいものでした。
ただ、ラシアンルーブルはあのマルゼンスキーに限りなく近い血統を持ち、5代血統表
の中に生じた三つのクロスによる血量が全く同じなのであります。
加えて母キティテスコは天馬トウショウボーイの父テスコボーイ産駒で、彼女の類稀なる
スピードを生む血統背景は十分にあったと言えます。
母父テスコボーイはアイネスフウジンと同じであり、これが私の応援魂を更に
燃え上がらせたことは言うまでもありません。

こうしてJRAの育成施設で競走馬として育て上げられたルーブルですが、彼女らしい
エピソードがあります。
負けず嫌いのルーブルは常に牝馬グループの先頭に立ち、そればかりか離れた前方を
走っている牡馬の集団を見つけるとそれまで追いかけて抜き去ってしまっていたとか。
栗東に入厩後も騎手を振り落としたり、他の馬を蹴飛ばしたりと、オテンバ振りを遺憾なく発揮、
それでも彼女の競争能力の高さはトレセン内でも噂になるほどでした。
そしてデビュー3連勝で重賞制覇を成し遂げた彼女は完全に《抽選馬》という枠を飛び越えて
誰もが認める〝クラシックの主役"へと躍り出たのであります。

明けて4歳(現3歳)となったルーブル、陣営は年明け初戦にエルフィンS(OP芝1600M)を
選びました。
単勝1.3倍の圧倒的な1番人気に推されましたが危なげなく2馬身半差で逃げ切り勝ち。
貫録を示しましたが、レース後五十嵐騎手と清水調教師との間で騎乗法について意見の
食い違いが生じ、主戦は次走から若手の松永幹夫騎手に替わる事になりました。
松永騎手との新コンビ初戦は4歳牝馬特別(G2)、現在のフィリーズレビューにあたる
レースです。
この年は阪神競馬場が改修工事中で中京の芝1200Mで行われましたが
スピード能力に秀でたルーブルには全く問題無し、直線入り口までは
必死に喰らいついてきたトーワディステニーを直線に入るとグングン引き離し、
3馬身半差をつけ悠々とゴールイン!
デビュー5連勝となり松永騎手も初のG1制覇へ確かな手応えを掴みました。


そして、いよいよやって来た桜花賞当日、スポーツ新聞には『5強』の文字が躍ります。
5強とはルーブルの他に牡馬相手にききょうS(OP)→デイリー杯3歳S(G2)→ペガサスS(G3)
と3連勝してきているノーザンドライバー、ラジオたんぱ杯でルーブルの2着に敗れた後、
クイーンC(G3)を勝ち、チューリップ賞も2着と安定感抜群のスカーレットブーケ、
そのスカーレットブーケをチューリップ賞で2馬身半差で負かしデビュー3連勝を飾った
シスタートウショウ、そしてもう1頭ラジオたんぱ杯でルーブルに負けた後、
シンザン記念(G3)で再び牡馬を撃破してきたミルフォードスルーの5頭です。

そしてもう一点、注目すべきは若手騎手の激突、ミルフォードスルーの河内騎手を除いて
スカーレットブーケの〝天才"武豊騎手を筆頭に、ノーザンドライバーの岡潤一郎騎手、
シスタートウショウの角田晃一騎手、そしてイソノルーブルの松永幹夫騎手は何れも
この先の中央競馬界を担うであろう有望若手騎手ばかりなのです。

そんな中で堂々の1番人気に推されたのは松永幹夫騎手&イソノルーブルのコンビ!
牡馬一流どころとの対戦こそ無いものの、有無を言わせぬ圧倒的なスピード能力で
マイルまでならこの馬との見方が多かったようです。

この日の舞台は阪神競馬場が改修工事中のため京都競馬場、空前のハイレベルな混戦に
異様な熱気に包まれました。
前日の雨が残る稍重馬場でしたが、ルーブルは前走稍重で快勝していましたので
全く問題無し、私は勝利を確信していました。
しかし、スタートが近付くにつれヒートアップしていく場内の熱気はルーブルの敏感な
神経をどんどん高ぶらせていっていたのです。
事もあろうにルーブルはスタート直前に落鉄、1番人気馬のアクシデントに場内は騒然です。
装蹄師が鉄を打ち直そうとしますが元々気性の荒いルーブルのテンションが異常に上がって
しまっていて全くそれを許しません。
十数分間続いたでしょうか、場内には何のアナウンスも無いままついにファンファーレが
鳴り響きました。

「どうなったんじゃ?打ち直せたんか?」

雨がポツポツと落ち出した京都競馬場、胸のモヤモヤが晴れないままゲートは開きました。
ハナを切ったのはトーワディステニー。
ルーブルも交わそうと懸命に加速しますが交わし切れず2番手に。
いつもは他馬に前へ出る事を許さないルーブルでしたから嫌な胸騒ぎは膨らむばかりです。
しかし1000M通過は57秒6、これは馬場を考えるとトーワディステニーの明らかな飛ばし過ぎ、
直後を追いかけていたルーブルも相当脚を使ってしまっています。
4コーナー手前ではトーワディステニーを交わしにかかったルーブルでしたが、外を通って
シスタートウショウ、ノーザンドライバーの2頭が楽な手応えで捲くってきました。
直線に向くと一気に先頭に踊り出るシスタートウショウ、追いかけるノーザンドライバー。
ルーブルは抵抗する間もなく置き去りにされていきます。
後方で脚を溜めたヤマノカサブランカ、スカーレットブーケにも次々と交わされ、
もがきながらルーブルは勝ったシスタートウショウから離されること9馬身差の5着で
ゴール板を通過、私は呆然とテレビ画面を見つめていました。

ルーブルが鉄を打ち直さずに出走していた事が分かったのはレース後の事でした。
担当厩務員は出張馬房に連れて帰って鉄を打ち直させて欲しいと懇願しましたが、
そうなるとTV中継の枠内にも収まらなくなってしまいますので当然取り合って
もらえませんでした。
JRAには抗議の電話が殺到しましたが、結果が変わることはありません。
思わぬアクシデントにより一世一代のチャンスを逃したルーブルは
その生い立ちとあいまって

《靴を忘れたシンデレラ》と揶揄されました。

※第2部に続く

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