けいけん豊富な毎日

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子供、子供っぽい、子供らしい・・・   担【けん♂】

『日本語大賞』小学4年の作品が話題―「お母さん、ぼくがいるよ。」
記事及び作品は→ココ

かなり話題になったのですでにご存じの方も多いかと思います。

いやね。いい話なんですよ。それはもう間違いないと思うんですけど。

小学4年生の文章としてはなんか違和感MAX。
文章の書き出しも技巧が凝らされているし、
表現もところどころ大人っぽ杉。
・帰宅した
・日常がもどってきた
・提案を思いついた


うーん、書ける子もいるのかもしれないけれど、
なんか小説っぽくて・・・

いちもくさん、てきとう、かわりに、こくなった、

なんかは平仮名で書いていながら

お惣菜、気が付いた、匂い、

といった小学4年生では習ってない漢字、表現が混ぜこぜになっていて、
砂浜を裸足で歩いていたらガラスを踏んでしまったような気分になります。

みそ汁の味がヘン・・・ここでカタカナを使いますか、そうですか、
上手いなぁ・・・
最後もあえて「ぼくがいるよ」を繰り返すなんて
無意識にやっているとしたら逆にちょっと怖いかも。

なんだろうなぁ。
「赤ちゃんと僕」を読んだときと同じような感覚。
大人から見た理想の良い子を描き出したために
逆に子供らしくなくて現実離れしてしまったような。
※気持ち悪くなってしまい最後まで読めなかったので
 もしかしたら素晴らしい漫画なのかもしれません。
 あくまで個人的な偏見です。すいません(>_<))

とってもいい話なので素直に感動したいのに。
うがった見方をしてしまう私が悪いのか、それとも・・・。

コメント


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素直に

自分は素直にいいなって思いました。

子どもの書く作文って、多かれ少なかれ教師や親の手直しや思惑(?)が入ってるものですし(笑)

けんさんの一ファン | URL | 2014年02月19日(Wed)21:00 [EDIT]


>一ファンさん
そですよね(笑)
せっかくだから、って手直しが入っている
可能性は十分にありますし、逆にそれも
当たり前なのかもしれません(^^;

もっと子供の素直な言葉で書かれている方が
感動した気もするんですけどね・・・
とてもいい話だけに、なんかすごく残念で・・・

けん♂ | URL | 2014年02月20日(Thu)02:15 [EDIT]


本物の神童とは

下記の三島由紀夫が子どもの頃(9歳、11歳)に書いた作文を読むと、文章能力は明らかに当時としても早熟としかいえないほどなのですが、その文章に込められた想いのようなものは作為のない「子どもらしさ」が感じられます。

もっとも、あの三島由紀夫のことなので「大人からみたいい子ども像」を巧みに(無意識に)計算して書いているかもですが。


9歳のときの作文「大内先生を想ふ」

ヂリヂリとベルがなつた。今度は図画の時間だ。しかし今日の大内先生のお顔が元気がなくて青い。
どうなさッたのか?とみんなは心配してゐた。おこゑも低い。僕は、変だ変だと思つてゐた。
その次の図画の時間は大内先生はお休みになつた。御病気だといふことだ。ぼくは早くお治りになればいゝと思つた。
まつてゐた、たのしい夏休みがきた。けれどそれは之までの中で一番悲しい夏休みであつた。
七月二十六日お母さまは僕に黒わくのついたはがきを見せて下さつた。それには大内先生のお亡くなりになつた事が書いてあつた。
むねをつかれる思ひで午後三時御焼香にいつた。さうごんな香りがする。
そして正面には大内先生のがくがあり、それに黒いリボンがかけてあつた。
あゝ大内先生はもう此の世に亡いのだ。
僕のむねをそれはそれは大きな考へることのできない大きな悲しみがついてゐるやうに思はれた。



11歳のときの作文「我が国旗」

徳川時代の末、波静かなる瀬戸内海、
或は江戸の隅田川など、あらゆる船の帆には白地に朱の円がゑがかれて居た。
朝日を背にすれば、いよよ美しく、夕日に照りはえ尊く見えた。それは鹿児島の大大名、天下に聞えた
島津斉彬が外国の国旗と間違へぬ様にと案出したもので、是が我が国旗、日の丸の始まりである。
模様は至極簡単であるが、非常な威厳と尊さがひらめいて居る。之ぞ日出づる国の国旗にふさはしいではないか。
それから時代は変り、将軍は大政奉くわんして、明治の御代となつた。
明治三年、天皇は、この旗を国旗とお定めになつた。そして人々は、これを日の丸と呼んで居る。
からりと晴れた大空に、高くのぼつた太陽。それが日の丸である。

takahiro from nagoya | URL | 2014年02月20日(Thu)14:20 [EDIT]


物語を消費する?

最初にこの文章を読んだとき、佐村河内守に感じたような違和感?(「テクストよりも背後のストーリーで売れた(感動の底上げ)」を感じてしまいました。

日本語大賞の目的は「日本語の大切さを社会全体に呼びかけること」らしいのですが、この作文からは、肝心の日本語の美しさよりも「病気の母親(再発の恐れあり?)、やけに聞き分けのいい子ども像」といった物語(一応ノンフィクションなんでしょうけど)ばかりが、鼻について、それがそこはかとない「1杯のかけそば」臭を感じます

takahiro from nagoya | URL | 2014年02月20日(Thu)14:38 [EDIT]


本件とは別の話になりますが、


子供らしいって難しいですよね。

例えば、お婆ちゃんから好きではないお菓子をもらった時の反応として、
 A君「お婆ちゃんありがとう(笑顔)」
 B君「こんなお菓子いらない!(怒り)」
A君とB君のどちらが子供らしいと言えるでしょうか。


A君は、大人から見た理想の子供の反応をしているだけと受け止めることも出来ます。
そういった意味では、本当に子供らしいのはB君なのかもしれません。

ただ、人間を含め、生き物はそのサークルの中で生きていくわけですから、
その中で好かれる反応が出来ることこそ、子供らしさと言えると考えることも出来ます。



感想を取りとめも無く書いていたら、
大学生のレポートみたいな書き方になってしまいました(笑)

ろと | URL | 2014年02月20日(Thu)20:55 [EDIT]


>takahiro from nagoyaさん
久しぶり~(^^)/

明らかに三島由紀夫とは質が違い過ぎますね。
なんというか、全文を通して知性が感じられる
文章と大人と子供が入り混じったような文章との
違いという感じかと。

一杯のかけそば!まったく同じことを
考えていました(笑)
おっしゃるとおり、少なくとも日本語の
美しさ、という観点では微妙な文章だと
私も思います。

けん♂ | URL | 2014年02月21日(Fri)07:59 [EDIT]


>ろとさん
こういう風に書けば大人にうける、と判断して
書くことがある意味、子供らしい、という
見方もあるかもしれませんね(^^;

うけ狙いが上手く通用した・・・としても
日本語の評価としては微妙な気がします。
色々と考えさせられますね~

けん♂ | URL | 2014年02月21日(Fri)08:03 [EDIT]


 

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