けいけん豊富な毎日

思い出の名馬(アイネスフウジンpart3)  担【temporalis】

アイネスフウジン物語 ~ダービー、そして未来へ~

「気にするな栄治、負けた時に次に勝つ因を作ってるんだ」

加藤調教師は最大のチャンスだと思われた皐月賞を勝利目前で逃しても
中野騎手に温かい言葉をかけました。
実際、ホワイトストーンに騎乗していた柴田政人騎手も、
「俺の馬がぶつからなきゃ栄治の馬が勝っていた」と語っていたように
中野騎手には何の落ち度もなかったのです。
しかし、世間の風は冷たく、「中野を降ろせ」の声が大きくなったのはもちろん、
アイネスフウジンに対しても評論家の多くは「テスコボーイが強く出たマイラー、
ダービーを乗り切るスタミナは無い」と『ダービーでは用無し』の烙印を押しました。
それでも勿論、私のアイネスフウジンに対する信頼は変わりません。
何よりもスポーツ紙で見つけたフウジンの『心臓の強さ』についての記事が
勇気をくれていたのです。
普通、サラブレッドの心拍数は1分間に30くらいだそうですが、フウジンのそれは
およそ23、あの皇帝シンボリルドルフと比べても遜色ないというのですから
2400Mを乗り切れないわけが無いではありませんか。
「ダービーは絶対アイネスフウジンが勝つ」
私は周囲に呆れられながらも、熱く熱く語り続けたのでした。




ダービー当日の早朝、東京競馬場の芝の上を歩く中野栄治騎手の姿がありました。
その日、ダービーまで芝のレースの乗鞍が全く無い中野騎手は自分の足でコースを
一周して、どこを通るのが一番良いか確認していたのです。
これで『ダービーを勝つための作戦』は完成し中野騎手は腹を括りました。

私はと言うと、朝からソワソワ落ち着きません。
「大丈夫だ、勝てる」
そう自分に言い聞かせながらも、ピークに仕上げた皐月賞から回復が遅れ、
直前の追い切りの動きがもう一つだったフウジンの状態が気が気では
ありませんでした。
この日、ダービーの1番人気に推されたのは単勝3.5倍でメジロライアン、
鞍上はもちろん横山典弘騎手です。
『長距離に強い馬』にこだわったメジロ牧場の生産馬、加えて父が有馬記念、
天皇賞(春)に優勝しているアンバーシャダイという事で、
「この距離ならばこの馬」との見方が主流となっていたのです。
続く2番人気は単勝3.9倍で皐月賞馬ハクタイセイ。
驚くべき事に鞍上は皐月賞を勝った南井騎手では無く、
『天才ジョッキー』の名を欲しいままにする若手、武豊騎手へと
乗り替わっていました。
ハクタイセイは父ハイセイコーからライアンとは逆に距離への不安がありましたが、
このスーパージョッキーの起用で「彼なら何とかしてくれる」という追いが
吹いたのでしょう。
アイネスフウジンはというと単勝5.3倍と少し離された3番人気に甘んじていました。
かつて『クラシックの中心』とされた3歳王者も弥生賞、皐月賞と
続けざまの敗戦で人気に影を落としていたのです。
どちらのレースにもはっきりとした敗因があったにもかかわらず・・・
それでも私は、「専門家筋の酷評の割には人気があるなあ」と少し嬉しく
思っていました。
きっと私のようにフウジンの魅力に取り憑かれた人が大勢いたのでしょう。


史上最高の19万人の大歓声の中、運命のファンファーレは鳴り響きました。
私は友人(彼は私の熱弁に洗脳されてかアイネスフウジンから馬券を買っていました)
と二人でテレビの前に座り、緊張は最高潮です。



「無事に出てくれ・・・」

祈るような気持ちでゲートインを見守ります。
そして遂に闘いの火蓋は切って落とされました。

「スタート直後、全馬が見渡せた」

中野騎手が後にそう語ったようにフウジンはやや出負けしました。
が、中野騎手は焦りませんでした。
2番手で折り合った皐月賞の内容からどこからでも競馬が出来る自信があったのです。
騎手の焦りは必ず馬に伝わります、『1コーナーまではシンガリでもいい』
その愛馬への信頼の気持ちに応えてフウジンは加速を始めます。
馬なりであれよあれよという間に全馬をごぼう抜き、1コーナーを颯爽と先頭で
回って行ったのでした。

「よし!いけるぞ!」

私は理想の逃げに持ち込んだフウジンを見て小さくこぶしを握り締めました。
先頭に立った後もフウジンはペースを緩めません、3ハロン目からは
12.0-12.0-12.1と理想の高速平均ラップを刻み向正面では後続に
5馬身近い差をつけています。
何という力強い走りでしょう、かつての腰の甘さは解消し、後脚の強靭な蹴りを
しっかりと前脚で受け止めて走るフウジンの勇姿に胸は高鳴りました。
1000Mの通過は59秒8、1分くらいで通過したいと考えていた中野騎手の思惑通りです。
3コーナーにかかる手前でテレビ画面が馬群を正面から捉えました。
そこでフウジンが内から5頭分くらいを空けて明らかに馬場の良いところを
通っているのがはっきりと分かりました。
中野騎手が早朝のスクーリングで決めた『通り道』がまさにここだったのです。
ピタリと折り合って逃げるフウジンに後続は焦り始めました。
3コーナーを過ぎた辺りからカムイフジ、そしてハクタイセイが一気に
差を詰めて来ます、後方に控えていたメジロライアン横山騎手も早目のゴーサイン。
フウジンの直後に迫ったカムイフジ、ハクタイセイに「あ~」と隣で悲鳴を上げる友人、
逃げ馬が後ろに捉まれば勝ち目は無いと思ったのでしょう。

「いや、フウジンの脚はこっからじゃ」

私は確信を持って言い放ちました。
実はフウジンがペースを少し緩めたのが向正面後半で3コーナーから再び加速しており、
そこを馬場の悪い内側を通って一気に追い上げた2頭は相当な脚を使わされて
いたのです。
3、4コーナー中間を過ぎた辺りで初めてフウジンをインに入れた中野騎手、
先頭のまま直線に向かいます。
必死にムチを入れて食い下がるハクタイセイ武騎手、カムイフジ郷原騎手に対して、
アイネスフウジン中野騎手はまだ手綱を持ったまま、
後方ではメジロライアン横山騎手が早くも4番手まで上がって来ています。
そして坂を上り切ったところで中野騎手は初めてフウジンにムチを入れました。
たちまちハクタイセイ、カムイフジを置き去りにするフウジン、
まさにこの展開は共同通信杯の時と同じではありませんか。
中野騎手は過去のダービーを研究して気付いていたのです、
4歳(現3歳)春の時点での2400M戦ではゴール1ハロン手前で
ほぼ勝負が決まる事に。
後方からメジロライアン、連れてホワイトストーンとツルマルミマタオーも
追い上げて来ますが、最後の力を振り絞って逃げるフウジンに追いつく事は
できません。

「アイネスフウジン、アイネスフウジン、アイネスフウジンが逃げる!」

白熱の実況に興奮も最高潮、そして歓喜の瞬間は訪れました。

「しゃ~!勝った~!!」

先頭でゴール板を駆け抜けたフウジン、ここには本当に多くの感動が
詰まっていました。
騎手としての窮地に追い込まれた中野騎手を信じてフウジンを任せ続けた
加藤調教師、それを快く承諾してくれた小林オーナー、その男気に
見事応えた中野騎手、こんな素晴らしい勝利が他にあるでしょうか。
そして忘れてはならないのが中村牧場の事、あの死の淵から救い出された
テスコパールが生んだ仔がダービー馬の栄冠に輝いたのです。

勝ちタイムは驚愕の2分25秒3、1年前にサクラチヨノオーが出したレコードを
1秒も上回る破格の時計でした。
このレコードは東京競馬場が改修されるまでの13年間(改修1年目は重馬場)も
破られる事はありませんでした、あのトウカイテイオーやナリタブライアンでさえも
フウジンの時計には及ばなかったのです。

ゴール板を過ぎても走りを緩めないフウジン、追い込んできたメジロライアン以下を
再び置き去りにして1、2コーナーを通過して向正面まで走って行きます。
これはシーホーク産駒特有の激しい気性のためで、父から受け継いだものは
豊富なスタミナだけでなく、あれだけのラップを刻みながら最後までへこたれない
強い精神力も大いにあった事を証明するシーンでした。

しかし、その後フウジンと中野騎手はいつまでたってもスタンド前へ戻って来ません。
19万人を超える大観衆は最高のレースを見せてくれたヒーローの凱旋を待ち切れず、
ある一角から
「ナ・カ・ノ! ナ・カ・ノ!」
とそれを促すコールが発生。
するとどうでしょう、それは瞬く間にスタンド全体に広がり、馬券を獲った人も
外した人も一体となった大合唱へと発展したのです。
これがかの有名な『中野コール』、後にビッグレースで定番となる
勝者を讃えるコールが初めて発生した瞬間でした。
大コールに包まれて、中野栄治&アイネスフウジンはゆっくりとスタンド前へと
帰って来ました。
実は、レースで持てる力の全てを出し切ったフウジンは歩くこともままならない程
くたくたに疲れていて、中野騎手はその回復を待ってたのです。
帰りながらしきりにフウジンの左前脚を覗き込む中野騎手、その兆候はすでに
表れていました。


「もうだめかもしんねえなあ」

アイネスフウジン担当の佐川厩務員は寂しそうに呟きました。
秋の目標を天皇賞秋に定め、京都大賞典から始動という胸躍るプランを打ち出していた
陣営でしたが、放牧明け初時計を出した時点でその歩様に異常が見られたのです。
診断結果は左前脚浅屈腱炎、アイネスフウジンの勇姿をターフで見ることは二度となく
なりました。
それでもフウジンが自らの競争生命と引き換えに全身全霊の激走で掴んだものは
とてつもなく大きく、かけがえの無いものでした。
8戦4勝、その生涯成績は決して最強馬論などに登場するものでは無いかも知れません。
しかし敗戦の全てはダービーを勝つための布石であり、彼が3歳、4歳(現2歳、3歳)で
頂点に立ったレースで見せたポテンシャルの高さは歴代のどんな名馬にも劣るものでは
なかったと私は胸を張って言えます。
追いかけた馬は潰れ、後方に控えたとしても差し切るだけの脚を溜める事を許さない、
そんな最強の逃げ馬がアイネスフウジンだったのです。


それから2年後、私は結婚し北海道へ新婚旅行へ旅立ちました。
北海道に着いて真っ先に向かったのは静内町にあるレックススタッド。
もちろんアイネスフウジンに会うためです。
レジェンドテイオー、ニッポーテイオー、スズパレード、ダイナガリバー・・・
名だたる名馬達に挨拶をしながら私達は一番奥にいるフウジンの元へ向かいました。
フウジンは砂場でゴロゴロと転がり泥だらけになっていましたが、私達が柵に近付くと
すぐに側へ寄って来てくれました。
中野騎手が「フウジンはとても人懐っこい馬で馬房では手をペロペロなめて甘えていた」
と語っていた通り、本当に大人しくて首を柵から外に伸ばしてもう手が届くところまで
顔を寄せて来たほどです。
見学のマナーとして『馬にさわってはいけません』というのがありましたので
私は悩みました。
が、辺りをキョロキョロ見回して誰も見ていない事を確認すると辛抱たまらず
フウジンの鼻面を撫でてしまいました。(スタッフの方ごめんなさい)
それから何枚もフウジンとの記念写真を撮り、長らく楽しい時間を過ごしましたが、
さすがに新婚旅行でのわがままにも限度があります。
私は名残惜しい気持ちでフウジンにお別れを告げその場をゆっくり、ゆっくりと
離れて行きました。
遠ざかりながら「フウジ~ン、フウジ~ン」と呼びかけると、その度にまるで
嘶く様に首を高く上げ応えてくれるフウジン、本当に会いに行って良かったです。



種牡馬になったフウジンは元気な産駒を多数送り出してくれました。
フウジンの仔を応援する日々は本当に楽しく、たとえ未勝利戦であってもわが子を
見守るような、そんなドキドキを与えてくれたのです。
結局、後継種牡馬を出せなかったのはとても残念ですが
牝馬の孝行娘ファストフレンドが同一年の帝王賞、東京大賞典のダート頂上決戦を
両方勝つという偉業を成し遂げてくれました。
フウジンはもうこの世にはいませんが、フウジンの血を引く仔が走る限り、
私は精一杯の声援を送り続けたいと思います。


『ありがとうアイネスフウジン、
 あの日、府中の2400Mを絶えず先頭で駆け抜けたお前の勇姿を忘れないよ。』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いかがでしたでしょうか?
競馬をギャンブルとして見過ぎてしまうと、競走馬がただの「記号」に
なってしまったりします。
当たった、外れた、で十分楽しいという方もいらっしゃるかと思いますが、
やはり競馬は人の夢やロマンを背景に観た方が私は楽しいと思いますし、
その方が長く競馬と歩んでいけると思います。

多くの人の想いを背負って競走馬たちが走っているからこそ、
胸を打つようなドラマが生まれ、思い出として記憶に残っていくわけで
私も改めて初心に帰った気がしました(^^)g

コメント


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あけましておめでとうございます。
去年はお世話になりました。今年もよろしくお願いします。

なんともそんなドラマがあったとは・・・。なんとも心に染みました。
そういえば昔関西テレビでよく馬のドラマを夜中にやってましたね。くそがきながらあれを見るのが好きでした。

馬券も楽しいですがやはりドラマチックなレースを見てるほうが楽しいもんです。
さあ。今年も競馬楽しんでいきたいと思います。

rocketrock | URL | 2013年01月14日(Mon)20:57 [EDIT]


アイネスフウジン

こんばんは。 熟を です。 (*^_^*)
パート2  パート3
どうもありがとうございます。

いやぁ、競馬は、いいですねぇ。
競馬は、やめられませんね。 (^^ゞ

私が、競馬場で、初めて、G1レースを観戦したのが、
1996年  高松宮杯(GⅠ) 中京競馬場 芝1200m
(当時のレース名は 高松宮杯。なぜなのか?ナリタブライアンが出走i-230
開門後、ダッシュで、パドックの最前列を確保して、
1レース開始前から、ず~っと、そこに居座っていました。(^^ゞ

そして、高松宮杯のパドックです。
1枠1番が、イサミサクラです。
うわぁ~、これが、G1に出走する お馬さんかぁ。
スゴイなぁ。強そうだなぁ。と思いました。
お父さんが、アイネスフウジンなのですよ~。

イサミサクラの最後の仔が、今、2歳です。
私も、声援を送りたいです。 (*^_^*)

熟を | URL | 2013年01月14日(Mon)22:32 [EDIT]


>rocketrookさん
こちらこそ今年もどうぞよろしくお願い
いたします(^^)/

単なる当てモノになってしまうと
面白みは半減・・・やはり背景って
大切ですよね。
馬券の重みも変わってくる気がします。
今年も楽しいレースが一杯ありますように♪
と祈っています(^^)g

けん♂ | URL | 2013年01月15日(Tue)20:04 [EDIT]


>熟をさん
temporalisさんの文章はやはり
読ませてくれますね~
私も久々に読ませて頂いて本当に
嬉しかったです。

単なるギャンブルではなく、思い出に
なるような馬がいてこそ「競馬」ですよね。
アイネスフウジン、イサミサクラ・・・
こういう思い出を繋げて語っていくのも
競馬の醍醐味だと思います♪
やっぱりいいですね~

けん♂ | URL | 2013年01月15日(Tue)20:08 [EDIT]


temporalisさんのアイネスフウジンへの熱い思いが伝わる文面ですね。
テレビでダービーを観戦した時の映像は一生霞む事は無いだろうなと思います。

素敵なお話ですね。

えむけー | URL | 2013年01月15日(Tue)22:57 [EDIT]


>えむけーさん
こういう情景を語り継いでいくことで
競馬に興味をもったり、新たに競馬を好きになったり
してくれる人が出てきてくれたら、と思いますね。

競馬がいかにドラマチックなものなのかを
私も身の回りの人に伝えていきたいと
思います(^^)g

けん♂ | URL | 2013年01月16日(Wed)14:40 [EDIT]


 

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