けいけん豊富な毎日

思い出の名馬(アイネスフウジンpart2) 担【temporalis】

アイネスフウジン物語 ~クラシックの舞台へ~

こうして中野栄治&アイネスフウジンのコンビは結成され始動しました。
中野騎手が初めてフウジンに跨った時の印象は
『前輪のパンクした自転車に乗ってるたい』だったそうです。
柔らかくバネのある体ではありましたが、まだ前がゴツゴツしていて
トモの強烈な蹴っぱりをしっかり前脚で受け止める事が出来なかったのです。
更に引っ掛かる気性の上、首をグッと下げて走る走法だったため
中野騎手が乗る以前、調教中に2回前のめりに転んだそうで初めの頃は
相当用心して乗っていました。
フウジンは新馬2戦(当時は新馬戦に2回出走出来ました)を連続2着に敗れましたが、
そんな状態であった事もあって陣営に焦りは全くありませんでした。
「能力があるのは分かっていたので雰囲気を分かってくれればいい」
と中野騎手もそっと回ってくるくらいの気持ちで乗ったそうです。
そして続く3戦目の未勝利戦で余裕の逃げ切り勝ちを決めると続く4戦目に選んだのは
何とGⅠ朝日杯3歳S(現朝日杯フューチュリティーS)でした。


私とアイネスフウジンの出会いはこのレースからでした。
当時はインターネットやグリーンチャンネルも無く、広島に住む私が関東馬の
新馬戦や未勝利戦を目にする機会は無かったのです。
もともと競馬を始めて最初に好きになった馬がシーホーク産駒の
スダホークだった事もあり私はシーホーク産駒贔屓で、果たしてこの1勝馬が
どこまでやれるのか、注目してテレビの前に座りました。
フウジンのスタートはそこそこで、まずは好位につけました。
逃げたのは牝馬のサクラサエズリ、芝に変わった3戦目から怒涛の3連勝で
全て逃げ切り勝ち、前走の京成杯3歳S(GⅡ)では牡馬を蹴散らしており、
このレースも1番人気に推されています。
《さすがに速いな》、そう思って見ているとガーッとサクラサエズリの直後まで
追いついて来た馬が・・・アイネスフウジンです!
かなりのハイペースで飛ばす2頭はどんどん3番手以下を引き離していきます、
1000M通過は何と56秒9! 尋常なペースではありません。
《これは潰れる》誰もがそう思いました。
ところが4角を回って直線を向いても2頭と後続の差は一向に詰まりません、
あまりのハイペースに後続も脚を使わされ追いつけないのです。
馬体を合わせてビッシリ競い合うサエズリとフウジン、まさに意地と意地との
ぶつかり合いです。
しかしゴール前の急坂でグイと抜け出したのは1勝馬アイネスフウジン、
最後は2馬身半もの差をつけてゴール板を駆け抜けました。
掲示された勝ちタイムは何と 1分34秒4!
あの《不滅の記録》とさえ言われたマルゼンスキーのスーパーレコードに
13年の時を経て遂に並ぶ馬が現れたのです。
「何だこの馬は、こんなレース見たことないぞ」
私は興奮を抑え切れませんでした。
この日から寝ても醒めてもアイネスフウジンの日々がスタートしたのであります。

そして北海道のとある病院の病室でこのレースを熱い想いで観戦していた親子が
ありました、中村吉兵衛さんと幸蔵さんです。
吉兵衛さんはこの時すでに92歳でかなり衰弱した状況でした、それだけに
このテスコパールの仔の晴れ舞台を心から楽しみにしていたのです。
あのテスコパールの仔がGⅠを勝ってくれた、こんなに嬉しいことはありません。
レースからわずか13日後、吉兵衛さんはテスコパールから貰った最高の贈り物を胸に
天国へと旅立ちました、満ち足りた安らかな顔で。



一躍3歳王者となったフウジンですが陣営は年明け初戦に共同通信杯4歳S
(現3歳S)を選択しました。
初の1800M戦でしたが単勝1.7倍の圧倒的な1番人気、フウジンはすでに
受けて立つ側に立場を変えていたのです。
ここは相手関係からも負けられない一戦、果たしてフウジンがどんなレースを
見せてくれるのか、私は固唾を呑んで見守りました。
スタートは決して良くなかったフウジンでしたが、スピードの違いで先頭を奪うと
その後は精密機械のように正確な平均ラップを刻み余裕綽々で直線へ。
後続が差を詰めて来ても慌てず騒がず、手綱は抑えたままです。
そして後続と横一線になった坂上で中野騎手のゴーサインが出ると
一気に加速するフウジン、ゴールでは2着馬に3馬身もの差をつけていました。
《この馬でダービーを勝てる》
私はこの時点で確信めいたものを感じました。
ダービーと同じ東京競馬場という事で私には中野騎手がダービーの予行演習を
したように見えたのです。
勝ちタイムこそ1分49秒5と平凡でしたが、このレースでフウジンが刻んだラップは
12.7-11.4-12.0-12.8-12.2-12.2-12.2-11.9-12.1
9ハロンなので前後半を真ん中で分ける事はできませんが、
前半3Fが36.1、4Fが48.9で上がり3Fが36.2、4Fが48.4ですからいかにこの馬が
正確なラップを刻んでいるか分かると思います。
フウジンは元来、体よりも気持ちが前へ前へ行ってしまうタイプの馬で、
前走の朝日杯なんかはその気性が前面に出た典型と言えるでしょう。
そんなフウジンがこのような落ち着いたレースが出来たのは大収穫だったのです。


《今年のクラシックはアイネスフウジンを中心に展開する》


朝日杯に続いて共同通信杯も制したフウジンの評価は確固たるものに
なりつつありました。
しかし次走の皐月賞トライアル弥生賞で様相は一変します。
この日の馬場状態は前夜までの雨で不良馬場、馬の脚がくるぶしまで埋まるような
過酷な状態でした。
それでもアイネスフウジンは単勝1.9倍の圧倒的1番人気、ファンは(もちろん私も)
その勝利を信じて疑わなかったのです。
そしていよいよレースがスタート、そこで私は驚くべき光景を目にしました。
14頭立ての8番枠から飛び出したフウジンが何と大外目がけて
切れ出して行くではありませんか!
「おいおい、大外を通って逃げるなんて聞いた事ないぞ、大丈夫か?」
フウジンはハナに立って後続を離して行くのですが大外を回っているために、
コーナーになると内を回る馬達に差を詰められ、また直線に向くと離し、
またコーナーが来ると差が無くなり、と見ている方は気が気ではありませんでした。
そしていよいよ直線へ向きますが、コーナーで差を詰められた分すぐに
後続と横並びに。
「さあ、突き放せ!」
私は心の中で叫びましたが、一向に抜け出してこないフウジン。
代わりに馬群の中から勢い良く抜けて来たのは、売り出し中の若手ジョッキー
横山典弘騎手が操るメジロライアンです。
結局フウジンはツルマルミマタオー、ホワイトストーンにも遅れをとって
4着に沈んのです。
しかし私はがっかりはしませんでした。
何故なら中野騎手が直線でフウジンにムチを入れず、周りをキョロキョロとまるで
様子を伺うように見ていたのを確認していたからです。


「外を回らせて下さい」


レース前に中野騎手は加藤調教師にそう願い出ていました。
「あの泥々の馬場で道の悪いところを通ったら馬に悪い印象がついて後々まで
影響してしまう、馬に変な癖をつけたくなかったから」
中野騎手はその思いから勝負を度返しして先を見据えた騎乗をしたのです。
確かに馬券を買っていたファンからすればそれは許せない行為だったかも知れません、
しかしそれを承知で馬の将来を考え、最善の選択をした男の決断に私は拍手を
送りたいと思います。



いよいよクラシック第一弾、皐月賞を迎えました。
アイネスフウジン陣営は堂々の《レコードⅤ》宣言、それだけこの日のフウジンは
最高の状態に仕上がっていたのです。
中野騎手は弥生賞では敗れたものの、ずっと大外を回って4着に踏ん張った内容から、
『弥生賞組にはまず負けない』という自信がありました。
ただ一頭だけ、5連勝で重賞きさらぎ賞を勝って来た関西馬、ハクタイセイだけには
未知の怖さがあったといいます。
ハクタイセイの鞍上には南井克己騎手、実はこのハクタイセイには
過去9戦中8戦までも須貝尚介騎手が騎乗していたのですが
(もちろん、きさらぎ賞も)、GⅠという大舞台を考えて1戦しか騎乗していなかった
南井騎手に手綱は託されたのです。
人気の方は、まだかろうじてアイネスフウジンが1番人気を守っていましたが、
単勝4.1倍とやはり弥生賞の敗戦から以前のような絶対的な信頼は無くなっていました。
続く2番人気がフウジンを破っているメジロライアンで5.0倍、
5連勝のハクタイセイが5.6倍と僅差の3番人気で続きました。

私は手に汗を握り過ぎて何度もズボンで拭きながらその時を待っていました。
そして緊張のスタート、・・・しかし、その瞬間思わぬアクシデントが!
1枠2番を引き一気に先頭に立つかと思われたフウジンに
隣の2枠3番ホワイトストーンがヨレてまともにぶつかって来たのです。
「うわっ!」思わず声が出る私。
フウジンは大きな馬なのでぶつかって来たホワイトストーンの方が
逆に吹っ飛ばされた形でしたが、中野騎手はバランスを崩し
後手を踏んでしまいました。
その隙に先手を取ったのは最低人気のフタバアサカゼ、玉砕覚悟の逃げに
フウジンは止む無く2番手まで追い上げたところで折り合う作戦に。
幸いフウジンは掛かる様子も無くスムーズな走りで追走していきます。
3コーナーでは楽に先頭に並びかけ、4コーナーでは息の上がった
フタバアサカゼが後退しいよいよ先頭に踊り出ました!
直線へ向いてもフウジンの脚色に衰えは無く後続を徐々に引き離して行きます。

「よし、勝てるぞ!」

そう思った直後、馬群の中から迫ってくる白い馬体が目に入りました。
ハクタイセイです。

「頑張れフウジン、もうちょっとだ!」

しかし根性では定評のあるハクタイセイが一完歩毎に差を詰めて、
遂にゴール寸前で馬体を合わせます。
そして無情にもハクタイセイが首だけグイと抜け出たところがゴールでした。

「あ~  差されたか ~ 」

着差が着差だっただけに、私はもう悔しくて悔しくて仕方がありませんでした。
スタートさえまともなら・・・・
フウジンを応援した誰もがそう思ったに違いありません。
勝ちタイムも2分2秒2とシンボリルドルフの持つレコード2分1秒1には程遠いもので、
スタートのアクシデントでフウジンのスピードをフルに生かせなかったのが
悔やまれます。
ただ、それでもフウジンが一度は勝ちパターンに持ち込んだのは絶好調だった証で、
この距離でのハクタイセイという馬の強さも大いに賞賛されるべきでしょう。
因みにこのハクタイセイの曾祖母ミスフォールは中村牧場の生産馬でフウジンの
4代母ユキツキとは姉妹、中村親子にとっては悔しさの中にもちょっぴり
嬉しさもある複雑な敗戦だったようです。

→最終章「ダービー、そして未来へ

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