けいけん豊富な毎日

思い出の名馬(アイネスフウジンpart1)  担【temporalis】

ともすれば、馬券の収支だとかデータだとか、味気ない数字
並べることになってしまいがちな競馬ブログが多い中、
のるかそるか ~思い入れ競馬~」というブログで管理者のtemporalisさんは
GⅠや重賞に出走する馬達とまったく分け隔てなく、
未勝利戦や条件戦で苦戦を続ける馬にも暖かい視線を送り、
競馬のロマンを語り続けて来られました。

少しでも前進があれば、手を叩いて褒めてあげ、力及ばず敗れてしまっても
次に頑張ればいい、期待しているよ!とエールを送る・・・
どんな馬でもtemporalisさんにかかればまさにドラマの主人公と化すわけで
記事を読ませて頂くと、頑張れ!と一緒に応援をしたくなってきたものです。

熱い応援記事だけでなく、日本や海外の名馬たちへの造詣も深く、
シアトルスルーやサンデーサイレンスの現役時代や
マルゼンスキー、アイネスフウジンなど時代を代表する馬についても
馬への愛情一杯に膨大な知識に裏打ちされた素晴らしい名文で綴られていました。

残念ながら事情により「のるかそるか ~思い入れ競馬~」が
閉鎖されてからすでに3年が経過。
あの名文を今や読み返す術もなくなってしまったわけですが、
このたび、私の勝手な要望を快く受け入れて下さり、
寄稿という形で改めて筆を執ってくれることになりました(^^)g

第一弾は「アイネスフウジン

temporalisさんの競馬の原点とも言える思い出の名馬の物語です。
私も読者の1人として、楽しませて頂きたいと思います♪

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『思い出の名馬』第一弾はアイネスフウジン。
 これは私が最も愛したサラブレッドの物語です。

アイネスフウジン物語 ~名馬の誕生、運命の出会い~

「どうせダメなんなら、うちに連れて帰ってしまおう」


中村吉兵衛、幸蔵親子はそう決めました。

牧場期待のテスコパールが原因不明の下痢にかかったのは2歳(現1歳)の春の事、
色々な獣医さんに診てもらいましたが一向に良くならず痩せて行く一方で、
遂には診療センターへ入院することになりました。
しかし入院後も症状は悪化の一途で、顔にビッシリとたかったハエを振り払う力も
無くなったテスコパールが可哀想でならず連れて帰る決心をしたのです。
中村親子は獣医さんから止められていた水を飲ませ、青草を食べさせました。
生水は与えられなかったため、水は一度沸騰させたものを冷まして飲ませました、
当時は電気温水器も無く夜通し火を絶やさなかったそうです。
そして消化の良い固形飼料を水に浸してから柔らかくして与え、卵も1日1個から
徐々に慣らし、最終的には10個ずつ食べさせました。
薬も人間に良いといわれるものは全部試しました、富山の生薬を買ってきて
飲ませたり、薬屋さんにある分全部買い占めたりと献身的な看病は続きました。。
するとどうでしょう、獣医さんからもさじを投げられていたテスコパールの容態が
少しずつ回復していったではありませんか、そして遂に4歳(現3歳)の春、
繁殖が可能なまでに元気を取り戻したのです。
中村牧場は以前、菊花賞馬アサカオーを生産した事で知られていましたが、
その後は全く活躍馬が出ず経営も厳しくなっていました。
そんな時、当時の人気種牡馬テスコボーイの種付け権の抽選に当たり、
生まれたのがテスコパールでした。
ちょうどトウショウボーイがクラシックを賑わせた時期でもあり、
テスコパールへの期待は相当なものだったのです。
それが競争馬としてデビューする前に不治の病にかかってしまったわけですから、
中村牧場の落胆の大きさは計り知れません。
しかし、親子の愛は1頭の牝馬の命を死の淵から救い出したのです。
そしてその馬が7番目に産み落とした牡馬こそ後のダービー馬アイネスフウジン、
『テスコパールの恩返し』の物語の始まりです。



「この馬が走らないようならテスコパールの将来も知れたものだ」

そう思うほどフウジンは良い馬だったと言います。
実はテスコパールの父は本来ならばシーホークになる予定でした、それが前記の
テスコボーイの種付け権を得た為に急遽変更になったのです。
こうして超一流のスピード系の血が入ったテスコパールにスタミナ系の
シーホークを改めて付けた事でスピードとスタミナを兼ね備えた素質馬が誕生した
というのも運命の流れを感じますね。
そしてこの馬を一目見て気に入ったのが加藤修甫調教師、新進馬主の小林正明さん
を介して自厩舎に入厩させる運びとなりました。
競争名はアイネスフウジンに決定、小林さんの冠名アイネスには 
I(=私、愛)+NEST(巣作る)、即ち「愛を育む」という意味が込められており、
まさにこの馬にピッタリの素晴らしい名前ではありませんか。


そして美浦に入厩したフウジンはたちまち評判になり「東のクラシック候補」
との呼び声がかかるようになりました。
そんなフウジンにもう一つの大きな出会いが・・・・
それは夏競馬真っ盛りの静かな美浦トレーニングセンターでの事でした。
そこにぼんやり佇んでいたのは本来なら新潟競馬場で騎乗していなければ
ならない筈の中野栄治騎手、もう36歳のベテランとなっていた彼は
年々勝ち星が減り前年はたったの9勝とその成績は落ち込む一方でした。
当然騎乗依頼も減っていき、半ば自暴自棄になった中野騎手はヤケ酒を飲む日々が
続きました。
遂には体重が60キロ近くまで増えてしまって騎手としての信頼を失いかねない
状況になっていたのです。
そんな中、追い討ちをかけるように自分の不注意でバスとの接触事故を
起こしてしまいます。
完全に見離されてしまい乗る馬が無くなった彼は、開催中にもかかわらず
美浦トレセンに帰って来ていたというわけです。


「ダービーを勝てる馬に乗ってみないか」


そんな中野騎手にこう声をかけた男がいました、加藤修甫調教師です。
何という男気でしょう、ダービーを勝つなんていう事は全てのホースマンにとって
夢であり、それを獲る可能性を持つ馬を管理するチャンスはそうそう
廻ってくるものではありません。
そんな馬をローカル競馬でさえ乗る馬が1頭も無く、このまま引退しても
おかしくない騎手に任せようというのです。
実は加藤調教師には3年前にもアサヒエンペラーという大器と言われた
管理馬がいました。
その馬を任せたのがまだ経験の浅い若手の中舘英二騎手、周囲からは当然のように
経験のある一流騎手への乗り替わりを望む声が上がりました。
しかし加藤教師はガンとして受け付けず、中舘騎手を乗せ続けました。
結局アサヒエンペラーは皐月賞、ダービーともに3着に敗れクラシックの栄冠を
手にする事は出来ませんでしたが、それはアサヒエンペラーが慢性的に抱える
脚部不安の為であり中舘騎手の騎乗を責めるような事は一切しなかったのです。
そして今回の中野騎手ですから周囲からの批判が相当なものになるのは
容易に想像がつきました。
が、しかし、加藤調教師には分かっていたのです、中野騎手がアイネスフウジンを
任せるに値する騎手だという事を。
実際、中野騎手の騎乗フォームの美しさは日本人離れしており、もっと、もっと
勝てていても不思議ない技術を持っていました。
ただ、何の世界でもそうですが優れた才能、技術を持っている人でも必ず
成功するとは限りません、色々な廻り合わせ、きっかけ、運が左右するのです。
加藤調教師は『馬と共に人間も育てなければならない』という信念を持っており、
アイネスフウジンと共にくすぶる中野騎手の才能も開花させようと心に決めたのです。
この時、地に落ちかけていた中野騎手の運命は大きく方向を変え動き始めました。

→第2章「クラシックの舞台へ

コメント


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競馬を愛すること

当時blogを便所の落書きだと思っていましたが、temporalisさんの
blogを読んで、blogを始めようと思ったナルトーンです、こんにちは。

まさかけん♂さんのところで再びあの名文が読めるとは大歓喜です。

トウカイテイオー、サクラローレル、グラスワンダーまで
また読めると嬉しいです。

ご本人と連絡が取れているのであれば、ぜひよろしくお伝えください。今でも大ファンです。

ではれば、絵も添えて頂けると嬉しいです。

ナルトーン | URL | 2013年01月13日(Sun)19:59 [EDIT]


アイネスフウジン

こんばんは。 熟を です。 (*^_^*)

 temporalisさん。
3年経ちますかぁ。
いやぁ、月日の過ぎるのは早いです。i-229
温かい文章をありがとうございます。

お馬さんには
人と同じで、それぞれに、物語がありますね。

第2章! 楽しみにしています。 (*^-^*)/

熟を | URL | 2013年01月13日(Sun)20:05 [EDIT]


たったひとつ…。

ケンさん お疲れ様ですo(*⌒O⌒)b



この世に産まれたすべてのサラブレッドには多くの人達の心からの希望や夢や願いが託されてるんですよね。


競馬で馬券を買う人には何でもないただの1勝…しかしその馬に関わる人にしたらとても凄い意味のあるかけがえのない1勝なんですよね 。


自分も北海道の小さな生産牧場長の友達がいるのでこのアイネスフウジンに関わる人達の思いが痛いほどわかります。


競馬は銭金の問題だと思います…しかしそれ以上にサラブレッドへの愛情や立場や姿形は違えどお互いの信頼と人と馬との垣根を超えた絆が何よりも大事だと思います。

ユビキタス | URL | 2013年01月13日(Sun)20:43 [EDIT]


以前たまたまアイネスフウジンにまつわる読み物を読んだ事があり、よく覚えていました。

temporalisさんの文章は初めて読みましたが、競馬を愛されているのが伝わります。
当時の競走馬・生産者・調教師・騎手の繋がりの強さも。

part2の公開、楽しみにしています。

えむけー | URL | 2013年01月14日(Mon)01:16 [EDIT]


>ナルトーンさん
いやーダメ元でお伺いしてみたら、まさかこんな
展開になるとは!ずーずーしい性格で良かったです(笑)

私も読者の一人として、今後の寄稿を楽しみに
しています。
是非名馬の世界にまた案内して貰いたいものですね♪

絵!そうですね!そちらもお伺いしてみたいですね~

けん♂ | URL | 2013年01月14日(Mon)08:11 [EDIT]


>熟をさん
本当に月日が経つのは早いですね。
temporailsさんがいらっしゃれば私もPOGで
もっと競い合えたのに・・・
おい!オラァ(p゚ロ゚)==p)`д)グハッ

今回は3部構成の大作!
最後までじっくり楽しんでください♪

けん♂ | URL | 2013年01月14日(Mon)08:11 [EDIT]


>ユビキタスさん
おっしゃるとおり、ただの1レースにも本当は
大きなドラマがあるんですよね。

多くの方が関わって、懸命に育てあげてきた
サラブレッド。
1つのレースも無駄にしないよう騎手には
大事の乗ってあげて貰いたいですし、
私たちも忘れずに応援してあげたいものです(^^)g

けん♂ | URL | 2013年01月14日(Mon)08:12 [EDIT]


>えむけーさん
こうしてご紹介出来たのは本当に嬉しい限り。

競馬の裏側の背景を知ることで、レースや馬の見方も
大きく変わってきますよね。
是非temporails節をお楽しみください(^^)g

けん♂ | URL | 2013年01月14日(Mon)08:12 [EDIT]


 

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