そして遂にGⅠの晴れ舞台、天皇賞春へ向かうことになりましたが、
前哨戦の阪神大賞典で思わぬ苦戦を強いられたタマモクロスのここでの評価は
微妙なものでした。
ダイナカーペンター、マルブツファーストといった伏兵の域を出ない馬を相手に
ギリギリの勝負、グレイソブリン系は中距離までとのイメージもあり阪神大賞典
より更に200M距離が延びるこの舞台ではどうか、と不安視する声も少なからず
あったのです。
それでも他の有力馬と言えばタマモクロスに2戦続けて敗れているGⅠ2勝馬
メジロデュレン、ダービー馬メリーナイスも前年の8月に行われた函館記念(2着)
以来の久々、阪神3歳S(GⅠ)の勝ち馬ゴールドシチーも善戦は続くものの、
なかなか勝ち切れていない状況で、混戦の中タマモクロスは押し出された形で
単勝4.4倍の1番人気に推されました。
このレースは小原厩舎、そして南井騎手にとっても勝てば初のGⅠ制覇となるレース、
特に南井騎手は既に700勝を挙げ、前年には関西リーディングジョッキーに輝いた
にもかかわらずGⅠタイトルとは無縁だっただけにここに賭ける思いは
相当なものでした。
ゲートが開くとタマモクロスはここのところ恒例とも言える後方からの競馬に。
しかし、ここは長丁場の3200M戦、焦ることはありません。
マヤノオリンピア、メイショウエイカンの2頭が1000M通過61秒1という稍重馬場
としては早目のペースで引っ張る中、南井騎手は離れた馬群の中にタマモクロス
を置き、じっとしています。
レースが動いたのは3コーナー過ぎ、スタミナに自信のあるメジロデュレンが
一気に上がって行き4コーナーでは先頭まで躍り出ました。
これについて行ったのが13番人気の伏兵ランニングフリー、2頭の脚色は良く
マッチレースになるのか?
その時、内へ鋭く切れ込んだ馬の姿が目に入りました、タマモクロスです!
タマモクロスの脚勢は前2頭を遥かに凌ぎ、あっという間に交わし去ると
グングン差を広げてゴールへ向かって一直線。
戦前に囁かれた距離不安など全くの杞憂、2着ランニングフリーに3馬身差を
つける圧勝劇で見事GⅠホースへと上り詰めたのでした。
この着差にもかかわらずムチを連打した南井騎手、破れたゼッケンがその思いの
強さを物語っていました。
晴れてGⅠ馬となったタマモクロス、次なる目標は春のグランプリ宝塚記念です。
ここで大きく立ちはだかるのは快速馬ニッポーテイオー。
前年秋の天皇賞を5馬身差で圧巻の逃げ切り勝ち、続くマイルチャンピオンシップも
2番手から鮮やかに抜け出しこれまた5馬身差で圧勝、この年の安田記念までも
勝利してGⅠ3勝は現役最強馬を名乗るに十分な実績です。
ニッポーテイオーという馬は見た目にも猛々しく強そうで、
「俺について来い!」とばかりに前脚を高く上げて地面に叩きつける走法は
豪快そのもの、実際1番人気に推されたのはタマモクロスではなくニッポーテイオー
の方でした。
しかし、やせっぽちでくすんだ鼠色の馬がレースで見せたパフォーマンスは
その外見とは裏腹の圧倒的なものでした。
2番枠から珍しく好スタートを切ったタマモクロスは中団につけて前を射程圏に
入れての追走、対するニッポーテイオーは持ち前のスピードを生かして楽に
2番手につけています。
4角で満を持して先頭に躍り出るニッポーテイオー、その外からいつの間にか
上がってきていたタマモクロスが早々と並びかけていきます!
慌てたように抵抗を試みるニッポーでしたが、その脚色の違いは明らか。
まるでネコ科の動物のように全身をしなやかに使ったフォームでグイグイと
差を広げて行くタマモクロス、ゴールではあの王者ニッポーテイオーを2馬身半
置き去りにしていました。
ニッポーテイオーにとっては2200Mは少し長かったのかも知れません。
それにしてもGⅠ3勝馬を子ども扱いにしたタマモクロスの強さには感嘆する他
ありませんでした。
これで「現役最強馬はタマモクロス」、そう言われても当然なところですが、
実はこの春、一つ年下にとんでもない馬が現れていたのです。
その馬の名はオグリキャップ。
地方笠松競馬から12戦10勝(2着2回)という実績を引っ提げ中央競馬に殴り込みを
かけると、ペガサスS→毎日杯→京都4歳特別→ニュージランドトロフィーと何と
4歳(現3歳)重賞を4連勝!
特にニュージーランドトロフィーでは直線持ったままの全くの馬なりで2着に
7馬身差をつける圧勝劇、しかも勝ち時計の1分34秒0は安田記念のニッポーテイオー
の勝ち時計1分34秒2を上回っていたのですからタマモクロスの現役最強馬襲名に
待ったがかかるのも仕方がありません。
タマモクロスもオグリキャップも同じ芦毛、しかも2頭とも500万円の廉価で
買い取られた全く期待されていなかった境遇から這い上がって来たとあって、
この両雄の頂上決戦には大きな注目が集まりました。
決戦の場は東京府中の芝2000M、天皇賞秋です。
タマモクロス陣営は秋のローテを天皇賞秋→ジャパンカップ→有馬記念の
3戦に定め、飼葉食いの落ちやすい体質を考えて天皇賞秋へはぶっつけで
臨むことになりました。
対するオグリキャップはタマモクロスとは対照的に食欲モリモリのタフネスホース、
ニュージーランドトロフィーの後も初の古馬との対戦となった高松宮杯で前年の覇者
ランドヒリュウを撃破して優勝、秋緒戦の毎日王冠でもダービー馬シリウスシンボリ
を難なく退けて中央重賞6連勝(地方からは14連勝!)を飾っていました。
強い馬同士の初対戦というのは本当にワクワクするものですが、この2頭の対決ほど
盛り上がったことは無いように思います。
私はどちらかと言えば先輩でもあり、儚さを漂わせるタマモクロスの方に心情は
傾いていましたが、オグリキャップも無限の可能性を感じさせる魅力に溢れた馬、
どちらにも勝って欲しいと複雑な気持ちでレースを待ちました。
ローテの順調さから1番人気は2.1倍でオグリキャップ、
ぶっつけの不安から2番人気となったタマモクロスですが、それでも単勝は2.6倍と
人気は拮抗しています。
さあ、いよいよゲートイン、ドキドキは最高潮です。
そしてスタートが切られました!
「!!!!」
そこで目にした光景は予想だにしなかったものでした。
何とスタートを決めたタマモクロスが逃げるレジェンドテイオーを2番手グループで
追走しているではありませんか!
どよめくスタンド、これで大丈夫なのか?
対するオグリキャップは中団追走、こちらはいつも通りです。
そして、徐々に2番手グループから抜け出し、単騎2番手で先頭を追うタマモクロス。
逃げるレジエンドテイオーのペースは1000M通過が59秒4と淀みない平均ペース、
決して楽な流れではありません。
前を行くタマモクロスを見てもオグリキャップ騎乗の河内騎手はその末脚に揺るぎない
自信を持っていたのでしょう、慌てずじっくりと構えています。
しかし、南井騎手にも全く焦ったような様子はありませんでした。
何故ならタマモクロスは2番手でピッタリ折り合っていたからです。
そしてレジェンドテイオーが馬群を引っ張ったまま直線へ。
タマモクロスは2番手から前を追撃態勢、
オグリキャップは外に持ち出してトップギアに入れます。
レジェンドテイオーの逃げ脚は衰えを見せず簡単にはつかまえられないか?
しかし、タマモクロスの手ごたえはそれを遥かに上回っていました。
持ったままでじわじわと差を詰めると坂を上がったところでついにレジェンドを捉え、
先頭に躍り出ます。
追ってくるのはやはりオグリキャップ!
首をグイグイ前へ伸ばすダイナミックなフォームでタマモクロスに迫ります。
南井騎手は後方から追ってくるオグリキャップを確認してようやくゴーサイン。
早目に先頭に立ちながらも更に加速するタマモクロス、何という強さでしょう。
そして何という美しい走り!
私はタマモクロスほど綺麗なフォームで走る馬を他に知りません。
オグリキャプも最後の力を振り絞って懸命に追いますが、タマモクロスの尻尾まで
あと少しに迫ったところで苦しくなり内にヨレ始めます。
もうここから差が詰まることはありませんでした、〝世紀の芦毛対決″を制したのは
タマモクロスです!
「5歳馬の意地、4歳馬をねじ伏せました!」
実況の言葉通り、先輩タマモクロスが貫録を示した見事な勝利でした。
タマモクロスが最後の1ハロンで刻んだラップは11秒5、これではいかに
オグリキャップといえど交わし去るのは不可能です。
タマモクロスとオグリキャップの差は1馬身1/4、そこから3着に粘った
レジェンドテイオーまでが3馬身ですからいかにこの2頭の力が抜けていたか
分かるでしょう。
天皇賞春秋連覇はあのシンボリルドルフでさえ成し得なかった史上初の快挙、
私も見ていてタマモクロスという馬の強さに本当に興奮したのを憶えています。
次走ジャパンカップでは日本の総大将として凱旋門賞馬トニービンを抑えて堂々の
1番人気に推され、そのレース内容もそれに相応しいものでした。
後方からの競馬になったものの、大外を豪快に捲って直線半ばでは堂々と先頭に立つ
横綱相撲・・・かと思われました。
ところが、ここから一緒に上がってきていたアメリカの伏兵ペイザバトラーの鞍上、
名手クリスマッキャロンの秘策に屈してしまう事となります。
タマモクロスを徹底的に研究していた彼は、その類稀なる勝負根性を発揮させぬよう、
ペイザバトラーを内へ一気に切れ込ませタマモクロスから遠ざけたのです。
相手を見失ったタマモクロスの隙を突いて一気に先頭に立ったペイザバトラー。
ゴール前では再び差を詰めていったタマモクロスでしたが時すでに遅し、
1/2馬身及ばず実に14か月ぶりの敗戦となりました。
それでもまだなかなか日本馬がジャパンカップを勝てない時代、日本の総大将として
正攻法の競馬で力を示した内容は称賛されてしかるべきでしょう。
ちなみに3着に健闘したのはオグリキャップ、タマモクロスとの着差は奇しくも
天皇賞秋と同じ1馬身と1/4でした。
そしてラストランとなった有馬記念。
最後にどうしてもタマモクロスに一矢報いたいオグリキャップはこの秋の激闘にも
関わらず相変わらず食欲旺盛で全くの疲れ知らずです。
一方、タマモクロスの体調はボロボロでした。
ジャパンカップの後、滞在競馬のため美浦トレセンに移動したのですが、強敵相手の
競馬で疲れが出たのに加えて新しい環境に馴染めず、すっかり飼葉食いが落ちて
しまっていたのです。
それでも陣営は出走を決断しました、王者として最後の最後に逃げるわけには
いかなかったからです。
当然タマモクロスの体調不良は世間にも伝わりましたが、それでも1番人気を譲る事は
ありませんでした。
2番人気には必勝を期して鞍上に当時のNO.1ジョッキー岡部幸雄騎手を迎えた
オグリキャップ、3番人気には阪神3歳S、マイルチャンピオンシップの
両マイルGⅠを7馬身、4馬身差でぶっちぎり、芝2000Mの函館記念では史上初めて
1分58秒を切る1分57秒8の驚異的な日本レコードを樹立したサッカーボーイ、
4番人気にはこの秋の菊花賞を5馬身差で圧勝した新星スーパークリークが続きました。
タマモクロス以外の人気上位馬はすべて1歳年下の4歳馬(現3歳馬)ばかりです。
この日、タマモクロスに跨った南井騎手はすぐに本調子でない事を感じ取ったそうです。
それでも、もう後には引けません、ラストランのゲートが開きます。
「ゲートの中でボーっとしていた」というタマモクロスは立ち遅れました。
そしてもう一頭、気性が激しくゲートが開く前に突進してしまったサッカーボーイは
前歯を折り血まみれで後方からの競馬になってしまいます。
一方オグリキャップは順調なスタートを決めいつも通り中団につけ、それを見る
ように直後にスーパークリーク。
レジェンドテイオーがゆったりとレースを引っ張り、隊列はほとんど変わりません。
レースが動いたのは3コーナー過ぎ、一気にペースが上がりオグリキャップは早くも
前を射程圏に入れています。
そしてタマモクロスもここでグーンと加速、大外を捲り上げながら4コーナーでは
もうオグリキャップのすぐ後ろまで迫る勢い、後ろにはサッカーボーイもついて
来ています。
直線に向いて先頭に躍り出たのはオグリキャップ!
しかし、グイグイと差を詰めてきたのはすっかり白い馬体となったタマモクロス!
更にその外から物凄い脚で追い込むサッカーボーイ!
しかし、道中ロスなく運んでいたオグリキャップにはまだ余力がありました、
天皇賞秋の時とは逆にタマモクロスを待っていた岡部騎手は並びかけられそうに
なったところでゴーサイン。
必死に追い抜こうとするタマモクロスですが逆に半馬身ほど出られ、
そのまま差を縮める事ができません。
サッカーボーイは距離が堪えたか、怪我の影響か最後に息切れ、代わって長丁場に
強いスーパークリークが追い込んで来ますがタマモクロスに半馬身差まで。
遂に3度目の正直でタマモクロスを破ったオグリキャップが歓喜のゴールインです!
それにしても人気馬が揃って上位で鎬を削る凄いレースでした。
オグリキャップとタマモクロスの体質の強弱の差が出たと言えばそれまでですが、
それもサラブレッドとしての資質の内、その点では間違いなくオグリキャップが
優れていました。
それでも体調が万全でない中、小回りコースで外々を回る大きな距離損がありながら
タマモクロスが最後の最後に見せた闘志は本当に素晴らしかった、
大きな拍手を送りたいと思います。
偉大な芦毛の先輩タマモクロスからバトンを受け取ったオグリキャップがその後、
日本競馬界を熱狂の渦に巻き込んで行ったのは皆さんご承知の通りです。
「風か光か タマモクロス」
年度代表馬に選ばれたタマモクロスのJRAポスターが作成されました。
私は歴代のJRAポスターの中でこれが一番好きですね。
夕日を浴びて空に駆け上がらんばかりに前脚を上げたタマモクロスに
このキャッチコピー、一目見て何だか胸が熱くなりました。
実はこの年、タマモクロスが勝った天皇賞秋の2週間後、ミヤマポピーという馬が
4歳牝馬3冠のラスト、エリザベス女王杯(GⅠ)を勝っています。
このミヤマポピーの母はグリーンシャトー、つまりタマモクロスの半妹で
錦野牧場の生産馬だったのです。
この兄妹の活躍により錦野さんは再び家族とのつながりを取り戻したと聞きます。
確かにタマモクロスの活躍は牧場存続には間に合いませんでした。
しかしながら、日本競馬史上に残る名馬タマモクロスを生産したのは紛れもなく
錦野さんなのです。
その信念と誇りは家族の絆となって実を結んだのではないでしょうか。
前哨戦の阪神大賞典で思わぬ苦戦を強いられたタマモクロスのここでの評価は
微妙なものでした。
ダイナカーペンター、マルブツファーストといった伏兵の域を出ない馬を相手に
ギリギリの勝負、グレイソブリン系は中距離までとのイメージもあり阪神大賞典
より更に200M距離が延びるこの舞台ではどうか、と不安視する声も少なからず
あったのです。
それでも他の有力馬と言えばタマモクロスに2戦続けて敗れているGⅠ2勝馬
メジロデュレン、ダービー馬メリーナイスも前年の8月に行われた函館記念(2着)
以来の久々、阪神3歳S(GⅠ)の勝ち馬ゴールドシチーも善戦は続くものの、
なかなか勝ち切れていない状況で、混戦の中タマモクロスは押し出された形で
単勝4.4倍の1番人気に推されました。
このレースは小原厩舎、そして南井騎手にとっても勝てば初のGⅠ制覇となるレース、
特に南井騎手は既に700勝を挙げ、前年には関西リーディングジョッキーに輝いた
にもかかわらずGⅠタイトルとは無縁だっただけにここに賭ける思いは
相当なものでした。
ゲートが開くとタマモクロスはここのところ恒例とも言える後方からの競馬に。
しかし、ここは長丁場の3200M戦、焦ることはありません。
マヤノオリンピア、メイショウエイカンの2頭が1000M通過61秒1という稍重馬場
としては早目のペースで引っ張る中、南井騎手は離れた馬群の中にタマモクロス
を置き、じっとしています。
レースが動いたのは3コーナー過ぎ、スタミナに自信のあるメジロデュレンが
一気に上がって行き4コーナーでは先頭まで躍り出ました。
これについて行ったのが13番人気の伏兵ランニングフリー、2頭の脚色は良く
マッチレースになるのか?
その時、内へ鋭く切れ込んだ馬の姿が目に入りました、タマモクロスです!
タマモクロスの脚勢は前2頭を遥かに凌ぎ、あっという間に交わし去ると
グングン差を広げてゴールへ向かって一直線。
戦前に囁かれた距離不安など全くの杞憂、2着ランニングフリーに3馬身差を
つける圧勝劇で見事GⅠホースへと上り詰めたのでした。
この着差にもかかわらずムチを連打した南井騎手、破れたゼッケンがその思いの
強さを物語っていました。
晴れてGⅠ馬となったタマモクロス、次なる目標は春のグランプリ宝塚記念です。
ここで大きく立ちはだかるのは快速馬ニッポーテイオー。
前年秋の天皇賞を5馬身差で圧巻の逃げ切り勝ち、続くマイルチャンピオンシップも
2番手から鮮やかに抜け出しこれまた5馬身差で圧勝、この年の安田記念までも
勝利してGⅠ3勝は現役最強馬を名乗るに十分な実績です。
ニッポーテイオーという馬は見た目にも猛々しく強そうで、
「俺について来い!」とばかりに前脚を高く上げて地面に叩きつける走法は
豪快そのもの、実際1番人気に推されたのはタマモクロスではなくニッポーテイオー
の方でした。
しかし、やせっぽちでくすんだ鼠色の馬がレースで見せたパフォーマンスは
その外見とは裏腹の圧倒的なものでした。
2番枠から珍しく好スタートを切ったタマモクロスは中団につけて前を射程圏に
入れての追走、対するニッポーテイオーは持ち前のスピードを生かして楽に
2番手につけています。
4角で満を持して先頭に躍り出るニッポーテイオー、その外からいつの間にか
上がってきていたタマモクロスが早々と並びかけていきます!
慌てたように抵抗を試みるニッポーでしたが、その脚色の違いは明らか。
まるでネコ科の動物のように全身をしなやかに使ったフォームでグイグイと
差を広げて行くタマモクロス、ゴールではあの王者ニッポーテイオーを2馬身半
置き去りにしていました。
ニッポーテイオーにとっては2200Mは少し長かったのかも知れません。
それにしてもGⅠ3勝馬を子ども扱いにしたタマモクロスの強さには感嘆する他
ありませんでした。
これで「現役最強馬はタマモクロス」、そう言われても当然なところですが、
実はこの春、一つ年下にとんでもない馬が現れていたのです。
その馬の名はオグリキャップ。
地方笠松競馬から12戦10勝(2着2回)という実績を引っ提げ中央競馬に殴り込みを
かけると、ペガサスS→毎日杯→京都4歳特別→ニュージランドトロフィーと何と
4歳(現3歳)重賞を4連勝!
特にニュージーランドトロフィーでは直線持ったままの全くの馬なりで2着に
7馬身差をつける圧勝劇、しかも勝ち時計の1分34秒0は安田記念のニッポーテイオー
の勝ち時計1分34秒2を上回っていたのですからタマモクロスの現役最強馬襲名に
待ったがかかるのも仕方がありません。
タマモクロスもオグリキャップも同じ芦毛、しかも2頭とも500万円の廉価で
買い取られた全く期待されていなかった境遇から這い上がって来たとあって、
この両雄の頂上決戦には大きな注目が集まりました。
決戦の場は東京府中の芝2000M、天皇賞秋です。
タマモクロス陣営は秋のローテを天皇賞秋→ジャパンカップ→有馬記念の
3戦に定め、飼葉食いの落ちやすい体質を考えて天皇賞秋へはぶっつけで
臨むことになりました。
対するオグリキャップはタマモクロスとは対照的に食欲モリモリのタフネスホース、
ニュージーランドトロフィーの後も初の古馬との対戦となった高松宮杯で前年の覇者
ランドヒリュウを撃破して優勝、秋緒戦の毎日王冠でもダービー馬シリウスシンボリ
を難なく退けて中央重賞6連勝(地方からは14連勝!)を飾っていました。
強い馬同士の初対戦というのは本当にワクワクするものですが、この2頭の対決ほど
盛り上がったことは無いように思います。
私はどちらかと言えば先輩でもあり、儚さを漂わせるタマモクロスの方に心情は
傾いていましたが、オグリキャップも無限の可能性を感じさせる魅力に溢れた馬、
どちらにも勝って欲しいと複雑な気持ちでレースを待ちました。
ローテの順調さから1番人気は2.1倍でオグリキャップ、
ぶっつけの不安から2番人気となったタマモクロスですが、それでも単勝は2.6倍と
人気は拮抗しています。
さあ、いよいよゲートイン、ドキドキは最高潮です。
そしてスタートが切られました!
「!!!!」
そこで目にした光景は予想だにしなかったものでした。
何とスタートを決めたタマモクロスが逃げるレジェンドテイオーを2番手グループで
追走しているではありませんか!
どよめくスタンド、これで大丈夫なのか?
対するオグリキャップは中団追走、こちらはいつも通りです。
そして、徐々に2番手グループから抜け出し、単騎2番手で先頭を追うタマモクロス。
逃げるレジエンドテイオーのペースは1000M通過が59秒4と淀みない平均ペース、
決して楽な流れではありません。
前を行くタマモクロスを見てもオグリキャップ騎乗の河内騎手はその末脚に揺るぎない
自信を持っていたのでしょう、慌てずじっくりと構えています。
しかし、南井騎手にも全く焦ったような様子はありませんでした。
何故ならタマモクロスは2番手でピッタリ折り合っていたからです。
そしてレジェンドテイオーが馬群を引っ張ったまま直線へ。
タマモクロスは2番手から前を追撃態勢、
オグリキャップは外に持ち出してトップギアに入れます。
レジェンドテイオーの逃げ脚は衰えを見せず簡単にはつかまえられないか?
しかし、タマモクロスの手ごたえはそれを遥かに上回っていました。
持ったままでじわじわと差を詰めると坂を上がったところでついにレジェンドを捉え、
先頭に躍り出ます。
追ってくるのはやはりオグリキャップ!
首をグイグイ前へ伸ばすダイナミックなフォームでタマモクロスに迫ります。
南井騎手は後方から追ってくるオグリキャップを確認してようやくゴーサイン。
早目に先頭に立ちながらも更に加速するタマモクロス、何という強さでしょう。
そして何という美しい走り!
私はタマモクロスほど綺麗なフォームで走る馬を他に知りません。
オグリキャプも最後の力を振り絞って懸命に追いますが、タマモクロスの尻尾まで
あと少しに迫ったところで苦しくなり内にヨレ始めます。
もうここから差が詰まることはありませんでした、〝世紀の芦毛対決″を制したのは
タマモクロスです!
「5歳馬の意地、4歳馬をねじ伏せました!」
実況の言葉通り、先輩タマモクロスが貫録を示した見事な勝利でした。
タマモクロスが最後の1ハロンで刻んだラップは11秒5、これではいかに
オグリキャップといえど交わし去るのは不可能です。
タマモクロスとオグリキャップの差は1馬身1/4、そこから3着に粘った
レジェンドテイオーまでが3馬身ですからいかにこの2頭の力が抜けていたか
分かるでしょう。
天皇賞春秋連覇はあのシンボリルドルフでさえ成し得なかった史上初の快挙、
私も見ていてタマモクロスという馬の強さに本当に興奮したのを憶えています。
次走ジャパンカップでは日本の総大将として凱旋門賞馬トニービンを抑えて堂々の
1番人気に推され、そのレース内容もそれに相応しいものでした。
後方からの競馬になったものの、大外を豪快に捲って直線半ばでは堂々と先頭に立つ
横綱相撲・・・かと思われました。
ところが、ここから一緒に上がってきていたアメリカの伏兵ペイザバトラーの鞍上、
名手クリスマッキャロンの秘策に屈してしまう事となります。
タマモクロスを徹底的に研究していた彼は、その類稀なる勝負根性を発揮させぬよう、
ペイザバトラーを内へ一気に切れ込ませタマモクロスから遠ざけたのです。
相手を見失ったタマモクロスの隙を突いて一気に先頭に立ったペイザバトラー。
ゴール前では再び差を詰めていったタマモクロスでしたが時すでに遅し、
1/2馬身及ばず実に14か月ぶりの敗戦となりました。
それでもまだなかなか日本馬がジャパンカップを勝てない時代、日本の総大将として
正攻法の競馬で力を示した内容は称賛されてしかるべきでしょう。
ちなみに3着に健闘したのはオグリキャップ、タマモクロスとの着差は奇しくも
天皇賞秋と同じ1馬身と1/4でした。
そしてラストランとなった有馬記念。
最後にどうしてもタマモクロスに一矢報いたいオグリキャップはこの秋の激闘にも
関わらず相変わらず食欲旺盛で全くの疲れ知らずです。
一方、タマモクロスの体調はボロボロでした。
ジャパンカップの後、滞在競馬のため美浦トレセンに移動したのですが、強敵相手の
競馬で疲れが出たのに加えて新しい環境に馴染めず、すっかり飼葉食いが落ちて
しまっていたのです。
それでも陣営は出走を決断しました、王者として最後の最後に逃げるわけには
いかなかったからです。
当然タマモクロスの体調不良は世間にも伝わりましたが、それでも1番人気を譲る事は
ありませんでした。
2番人気には必勝を期して鞍上に当時のNO.1ジョッキー岡部幸雄騎手を迎えた
オグリキャップ、3番人気には阪神3歳S、マイルチャンピオンシップの
両マイルGⅠを7馬身、4馬身差でぶっちぎり、芝2000Mの函館記念では史上初めて
1分58秒を切る1分57秒8の驚異的な日本レコードを樹立したサッカーボーイ、
4番人気にはこの秋の菊花賞を5馬身差で圧勝した新星スーパークリークが続きました。
タマモクロス以外の人気上位馬はすべて1歳年下の4歳馬(現3歳馬)ばかりです。
この日、タマモクロスに跨った南井騎手はすぐに本調子でない事を感じ取ったそうです。
それでも、もう後には引けません、ラストランのゲートが開きます。
「ゲートの中でボーっとしていた」というタマモクロスは立ち遅れました。
そしてもう一頭、気性が激しくゲートが開く前に突進してしまったサッカーボーイは
前歯を折り血まみれで後方からの競馬になってしまいます。
一方オグリキャップは順調なスタートを決めいつも通り中団につけ、それを見る
ように直後にスーパークリーク。
レジェンドテイオーがゆったりとレースを引っ張り、隊列はほとんど変わりません。
レースが動いたのは3コーナー過ぎ、一気にペースが上がりオグリキャップは早くも
前を射程圏に入れています。
そしてタマモクロスもここでグーンと加速、大外を捲り上げながら4コーナーでは
もうオグリキャップのすぐ後ろまで迫る勢い、後ろにはサッカーボーイもついて
来ています。
直線に向いて先頭に躍り出たのはオグリキャップ!
しかし、グイグイと差を詰めてきたのはすっかり白い馬体となったタマモクロス!
更にその外から物凄い脚で追い込むサッカーボーイ!
しかし、道中ロスなく運んでいたオグリキャップにはまだ余力がありました、
天皇賞秋の時とは逆にタマモクロスを待っていた岡部騎手は並びかけられそうに
なったところでゴーサイン。
必死に追い抜こうとするタマモクロスですが逆に半馬身ほど出られ、
そのまま差を縮める事ができません。
サッカーボーイは距離が堪えたか、怪我の影響か最後に息切れ、代わって長丁場に
強いスーパークリークが追い込んで来ますがタマモクロスに半馬身差まで。
遂に3度目の正直でタマモクロスを破ったオグリキャップが歓喜のゴールインです!
それにしても人気馬が揃って上位で鎬を削る凄いレースでした。
オグリキャップとタマモクロスの体質の強弱の差が出たと言えばそれまでですが、
それもサラブレッドとしての資質の内、その点では間違いなくオグリキャップが
優れていました。
それでも体調が万全でない中、小回りコースで外々を回る大きな距離損がありながら
タマモクロスが最後の最後に見せた闘志は本当に素晴らしかった、
大きな拍手を送りたいと思います。
偉大な芦毛の先輩タマモクロスからバトンを受け取ったオグリキャップがその後、
日本競馬界を熱狂の渦に巻き込んで行ったのは皆さんご承知の通りです。
「風か光か タマモクロス」
年度代表馬に選ばれたタマモクロスのJRAポスターが作成されました。
私は歴代のJRAポスターの中でこれが一番好きですね。
夕日を浴びて空に駆け上がらんばかりに前脚を上げたタマモクロスに
このキャッチコピー、一目見て何だか胸が熱くなりました。
実はこの年、タマモクロスが勝った天皇賞秋の2週間後、ミヤマポピーという馬が
4歳牝馬3冠のラスト、エリザベス女王杯(GⅠ)を勝っています。
このミヤマポピーの母はグリーンシャトー、つまりタマモクロスの半妹で
錦野牧場の生産馬だったのです。
この兄妹の活躍により錦野さんは再び家族とのつながりを取り戻したと聞きます。
確かにタマモクロスの活躍は牧場存続には間に合いませんでした。
しかしながら、日本競馬史上に残る名馬タマモクロスを生産したのは紛れもなく
錦野さんなのです。
その信念と誇りは家族の絆となって実を結んだのではないでしょうか。
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